突然の訃報に大変驚いています。
私が今日まで頑張ってこられたのも、
またAPF通信社が存在するのも筑紫さんのお陰と、
いつも心の中で感謝しておりました。
悲しくてなりません。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
ご家族の皆様には、どうかお力を落とさず、
お体にお気をつけ下さいますよう心よりお祈り申し上げます。
私たちも、筑紫さんのジャーナリスト魂を引き継ぎ、
今後も精一杯頑張って参ります。
2008/11/7 APF通信社代表 山路徹
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本日、筑紫哲也さんがお亡くなりになりました
2008年11月7日 金曜日【取材記】カレン民族解放軍 KNLA①
2008年11月6日 木曜日ビルマ・ヤンゴンで去年9月、
反政府デモを取材中にビルマ軍兵士による至近距離からの銃撃で死亡した長井健司記者
(長井記者のデスク)
長井記者は生前、“KNLA”の取材を計画していた
「Karen National Liberation Army」=カレン民族解放軍とは、
ビルマの反政府組織カレン民族同盟「KNU」の軍事部門
私たちは9月、遺された取材を完結させるためビルマに潜入した
(KNLAの兵士と)
民族自立を求めるカレンなどの少数民族は、
ビルマ族を中心とする軍事政権から迫害を受けている
ほとんどの少数民族が停戦を余儀なくされている中で今も尚、
自衛のための武力闘争を続けているのはKNLAだけ
(ビルマ軍の脱走兵ら)
KNLAのキャンプでビルマ軍の元兵士らに出会った
今、こうした“脱走兵”が後を絶たないという
彼らは私たちにこう訴えた
「私たちが守っているものは軍事政権のトップのイス」
「ビルマ兵50万人のうち、およそ半数は軍事政権に不満を持っている」
(写真提供:Reuters)
取材を進めると、長井記者の銃撃に使用された銃について、
“ある重大な証言”を得ることが出来た・・
2008/11/06 T
【取材記】「ミャンマー難民を支援する無償病院」
2008年10月31日 金曜日「病院求め決死の出国~医療さえ受けられぬミャンマーの現実」
~日本テレビ「NEWS ZERO」(10月29日放送)~
タイ北西部、国境の町、メソト。
軍事政権から弾圧された多くのミャンマー人がこの町に逃れて暮らしている。
そんなタイ側の国境の町に、無料で診察を行う病院がある。
病院を開設したのは1人の女性だった。
「メータオ・クリニック」。シンシア・マウン医師(49歳)。
彼女自身もミャンマーからの難民であり、
この地で1989年の開設以来、毎日300人を超える患者の診察に無料で当たっている。
(シンシア医師(右)と「NEWS ZERO」村尾信尚キャスター)
1988年の民主化運動が弾圧された後、国境に逃れたミャンマー人を保護する目的で、
マウン医師によって設立。以来20年間、無償での医療奉仕活動に専念してきた。
その活動が認められ、2002年にはアジアのノーベル平和賞と言われる
「マグサイサイ賞」を受賞した。
患者の多くは、タイで働くミャンマー人の不法労働者。
さらにミャンマーに住む人が国境を越え、この病院を目指してやって来る。
密入国者も少なくない。
ミャンマーでは保険制度もないため、治療費が高く、
まともな医療が受けられないためだという。
掘立小屋から始まったメータオクリニック。
世界中から支援が集まり、いまでは総合病院に成長した。
小児科病棟では、マラリアや、結核、エイズ、栄養失調の子供たちが
母親に付き添われ入院していた。
産婦人科にいた夫婦も、出産のため国境を越えた。
200キロも離れたミャンマー・ヤンゴンから来たという。
夫は言う。
「この病院しか頼るところがありません。
ミャンマー国内で出産するとお金がかかります。
経済的に苦しいので出産費用を負担できないのです」
ミャンマーでは、産科医が少なく、費用も高いため、
国内の病院で出産できる人は、ごくわずか。
ほとんどが自宅などでの出産だという。
この病院では、毎年1200人以上の子供が生まれる。
中には、母親が子供を産み捨て、置き去りにされた子もいる。
(母親はメータオクリニックで出産後、この子を置いて姿を消した)
「この子は難民のため、タイにもミャンマーにも
戸籍が作れません。
だから誰とも養子縁組が出来ないのです」
と、シンシア医師は言う。
避難生活ではミャンマーに出生届も出せず、
国籍はないままだ。
国民が医療を十分な受けられないミャンマーの現状。
メータオ・クリニックは、そんな彼らの命を繋いでいた。
シンシア医師は、
「ミャンマーの人たちが、この病院を必要としている限り
ずっと無料で医療を提供し続ける」と語った。
メータオ・クリニックでは、現在、
7人の医師を含む500人を超すボランティアスタッフが働いている。
その中で日本人スタッフも現在3名働いていた。
(メータオ・クリニックで働く梶藍子看護師)
十分な医療が受けられず、出産すらできずに、
国境を越えるミャンマー人たち。
彼らの苦しみはいつまで続くのだろうか…。
※メータオ・クリニックでは、
支援、寄付、物品の提供などの協力を呼びかけています。
詳しくは下記のアドレス
『メータオ・クリニック支援の会』のホームページをご覧下さい。
http://www.japanmaetao.org/
※日本テレビ「NEWS ZERO」のホームページで
今回の特集の動画がご覧になれます。
http://www.ntv.co.jp/zero/
2008/10/31 ディレクター:中坊友晴
【番組案内】ZERO「ミャンマー難民 メータオクリニック」
2008年10月29日 水曜日村尾信尚キャスター ミャンマー報告③ 病院求め決死の出国
日本テレビ系列「NEWS ZERO」
2008年10月29日(水)
午後10時54分~午後11時58分 放送予定
村尾信尚キャスターの“ミャンマー報告”第3弾は、
タイ側の国境の町、メソトにある病院「メータオクリニック」を取材しました。
病院を開設した女性医師は、20年前にミャンマーから逃れてきた難民でした。
彼女は、軍事政権の弾圧からタイに逃れたミャンマー人のために
“無償”で医療を提供し続けています。
さらに、現在ミャンマーに住む人々も、この病院を求めて国境を越え、来院しています。
そこには、ミャンマー医療の厳しい現実がありました。
(「メータオクリニック」 待合室にて)
※番組の都合上、放送は予告なく変更される場合があります。
ご了承ください。
【番組案内】ZERO「村尾キャスター ミャンマー国境へ」
2008年10月27日 月曜日村尾信尚キャスターが国境取材…ミャンマー難民の現実 迫害14万人
日本テレビ系列「NEWS ZERO」
2008年10月28日(火) 午後10時54分~午後11時58分 放送予定
長井健司記者がミャンマーで取材中に銃撃され亡くなって1年。
長井記者の最後の仕事は、亡くなる前日に「NEWS ZERO」に送った現地リポートだった。
村尾信尚キャスターが、長井記者の遺志を継ぎ、
タイ・ミャンマー国境を訪れ、現地取材を敢行。
タイ側にある9ヶ所の難民キャンプには、ミャンマー軍事政権の弾圧から逃れてきた
ミャンマー難民約14万人が生活している。
難民キャンプで暮らす人々の現実。
そこで、村尾キャスターが見たものとは…
(難民キャンプで暮らす子供たちと村尾信尚キャスター)
全3回シリーズ、先月の放送に引き続き
2回目の放送は、28日(火)予定です。
※尚、放送は予告なく変更される場合があります。
ご了承下さい。